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松山地方裁判所 昭和28年(行)5号 判決

原告 岡靖

被告 愛媛県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は別紙目録記載の山林につき被告が訴外山本七五郎に対し昭和二十三年六月三十日為した未墾地の買収処分及その買収処分に基き被告が原告に対して同二十八年八月二十日附収去令書の交付に依り為した右山林の立木(杉・檜二十年生約六千本)に対する収去命令の無効であることを確認する、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、請求原因として、(一)別紙目録記載の山林は元訴外山本七五郎が所有していたところ原告は同訴外人から昭和二十二年春頃(尤も登記簿上では同二十三年一月十日附売買とある)代金六万円で買受け売買契約成立と同時にその所有権を取得し翌二十三年十二月二十八日右売買に因る所有権移転登記を終了したものである。(二)本件山林が売買に因り昭和二十二年春以来原告の所有に移つた事は中津村民殆んど公知の事実であり、当時の同村農地委員会委員も之を熟知していたのであるが、同二十三年五月中同農地委員会において本件山林を自作農創設特別措置法(以下単に自創法と称する)第三十条の規定により未墾地開拓のためこれが買収計画を樹てるに際りことさらに該山林の所有者を訴外山本七五郎であるとして、一気に買収手続を進め、同年九月頃買収を決定し同二十四年二月頃右買収対価を松山地方法務局に供託した。その後被告は原告に対し同二十八年八月二十日附右地上物件たる立木につき収去令書を交付し農地法第五十五条の規定に依り該山林の立木(請求趣旨掲記の杉檜)を同年十二月三十一日までに収去すべき旨命ぜられたのである。(三)然乍ら右山林に対する買収処分及その買収処分に基きなした立木の収去命令処分は何れも左の理由により手続上重大な瑕疵ある無効の行政行為である。(1)本件買収計画については自創法第三十一条第四項に定める公告及縦覧の手続を経ていない、又本件山林の測量、検査をなすに当り同法第三十二条同法施行令第十八条第一項に基く通知もしなかつた。(2)未墾地買収処分は愛媛県農地委員会の買収計画に対する承認並買収令書の交付によつて始めてその効力を生ずるものであるが、右承認もなく又該令書は原告に対しては勿論訴外山本七五郎に対しても全然交付されていない。而して右(1)(2)の事実を裏付けるものとして本件山林の買収対価を松山地方法務局に供託した後中津村農地委員会書記山本完三郎は昭和二十五年十月頃中津村長の証明書(本訴山林は買収計画前既に山本七五郎より亀井駒なる者が贈与を受けたもので、買収対価は亀井が受取るべきものである旨の事実無根の証明)、供託金受領に必要な亀井駒の印鑑証明書及亀井駒より山本完三郎に対する亀井作成名義の供託金受領に関する委任状をほしいままに作成しこれを前記法務局に提出し自ら右供託金を受取り今にこれを亀井にも山本七五郎にも支払わない奇怪な事実がある。(3)仮に右(1)(2)の事実がないとしても本件山林の真実の所有者がその買収当時原告であることは中津村農地委員会も熟知していたのは前叙の通りであり、たとえ委員会がそれを知らなかつたとしても未墾地の買収を行うには単に登記簿の記載に依拠して登記簿上の所有者を相手方として買収処分を行うべきものではなく実体上の所有者を審査し真実の所有者からこれを買収すべきものであり、所有権の登記の如何にかかわらず真実の所有者を対象としない買収計画は違法であると共に買収の相手方を誤認した手続上の瑕疵は極めて重大であるからその行政処分は無効であると信ずる。(4)尚農地法第五十二条第四項には「国が買収令書に記載された買収の時期までに対価の支払又は供託をしないときはその買収令書の効力を失う」とあり該規定は新設規定であつて旧法上特に之に該当する規定がないから当該規定新設の趣旨からして旧法時の買収にもさかのぼつて効力があると考えるべきである。本件においては対価の支払はしておらず、供託はしたが、その名宛人山本七五郎が受取つてはいないのであるからこの規定により買収令書の効力を失つているものである。仍て原告は被告に対し右山林買収処分の無効確認とその無効な買収処分に基いて発せられた立木収去命令の無効確認を求めるため本訴請求に及ぶと陳述し、(四)被告の答弁に対し原告主張に反する部分を否認する、即ち(1)買収計画の公告縦覧の点は全面的に否認する、その理由は次の通りである。(イ)未墾地の買収に関する自創法第三十一条第四項の規定は買収計画を定めたときは遅滞なくその旨を公告し云々と明示し個々に対する通知をなすべきことを要求していないのであるが、元来相手方に告知する方法として公告により之をなしうるのは相手方が多数である場合における行政行為の迅速画一的な効果の発生を期するため例外的方法として或は他の告知方法に対する補充的方法としてその他特に法令の明文の規定を以て是認された場合に限らるべきである。何となれば公告は他の方法による告知に比べて事実上被告知者が之を了知しうる機会を少からしめる意味において不完全な告知方法であることが否めないからである。それ故に被告知者が遠隔の地にあつて公告による告知を了する機会を得がたい場合、或は被告知者が比較的少数であつて公告の方法によるも個々に対し文書による告知をもつてすることが最も適当なりとして後者による方法を採つた場合においては、その相手方に対する関係においては二重に公告方法による告知をなすの要なく、仮に重ねて公告の方法を実施した場合といえども右の如く文書による個々の通知が公告に優る方法として認められる限りその通知に重きをおいて事を決すべきものと信ずる。(ロ)而して被告は本件買収に関しては前記日時において文書による通知と公告手続とを履践したと云い乙第三号証の一、二をもつて右通知の事実を立証しようと云うのであるが、この文書が被告の主張する五月二十日頃に作成され且その頃発信されたものでないことは鑑定の結果によつて明白である以上これと一連の関係をもつ公告縦覧等の手続が被告主張の日時において完全に行われたものとは到底信ずることは出来ない。(2)買収計画の承認並買収令書の交付の点も否認する。即ち(イ)被告は昭和二十三年六月三十日に県農地委員会が右計画を承認し次で同年十二月中旬その買収令書を訴外山本七五郎に交付したと主張しているが、その確証がないことである。(乙第八、九号証は何れも公文書たる形式を具備しない仮装の書面である。)特に乙第九号証の作成日附は同年六月三十日で買収時期及び対価支払時期をいづれも同年七月二日と定めているに拘らず、被告はそれから五ケ月以上を経過した頃同令書を七五郎に交付したというのであるから甚しい矛盾である。(ロ)甲第五号証(登記嘱託書)の添付書類である買収令書及その受領証なるものは実際に添付されてなかつたものであるから少くとも右嘱託当時である同二十六年九月十九日迄には乙第九号証及甲第六号証の如き書面が存在しなかつたことが推知できる。(ハ)又甲第六号証は原告の否認する書面であるが、仮りに七五郎の記名捺印が真正なものであるとしても、その作成時期は同二十五年中であるから同二十三年十二月中旬に買収令書を交付したというのは全く根拠がない許りか同号証中の記入文字特に「中津農委土と第二〇号」及「と20」なる記載は同文書中委任状の部分の山本七五郎の住所氏名の記載に対照してその筆跡及インクの色が明かに違つていて右の記載文字が他の者の手によつて勝手に記載されたことが窺われる。この事実と前叙同号証作成の年度が昭和二十五年であることなどに考合すれば同号証は七五郎が本件土地以外の買収土地につき同号証を作成した空白の書類に何人かが前記の文字をほしいままに記入し、恰も本件土地に関する受領証なるかの如く仮装したものではないかと思われる。(ニ)乙第十号証の一(異議申立書)は本件山林買収に関し七五郎から中津村農地委員会に抗議した書面であつて、同委員会のなした具体的な買収計画やその他の処分特に買収令書の交付があつたことに対して為した正式な異議申立でないことは同号証の文意に徴し極めて明瞭である。従つて当時七五郎は計画並買収の事実を知らなかつた証左である。(3)次に原告には本訴提起の適格と訴の利益がある。即ち(イ)買収計画に所有者として名前が記載されてなくてもその買収の目的たる未墾地につき所有権を主張するものは自創法第七条によつて行政上の救済を求めることができると解されていることは夙に最高裁判所(昭和二四、五、一八)によつて示されているので原告がその適格者であることは多弁を要しない。(ロ)被告は甲第二号証を以て農地法第五十五条の規定により地上物件たる立木を収去すべき旨原告に命じているけれどもこの処分は甚だ見当違である。即ち本件買収の対象とされた物件は買収計画の当初から立木を含めた山林そのもの換言すれば自創法第三十条第四号に謂う立木を土地から切離した独立のものと見たのではなく却つて立木を土地に定著したその構成部分即ち不可分一体のものとして取扱われて来たのである。それ故もし七五郎に対する土地の買収が適法に行われたのならば、立木の収去命令と云う別の処分を必要としない筈である。又原告(甲第二号証に広次とあるは原告の誤りである)が本件土地に対する地上権等法律上の権原によつて立木を所有するものと予定しての計画でもないに拘らず昭和二十八年八月二十日付をもつて原告に対し突如として立木の収去を命令してきたことは前記法条を無視した全く筋違の処分であるとのそしりを免れない、強いて云えばこの事は被告において本件山林が七五郎の所有に非ずして名実共に原告の所有である事実を自ら承認していたものと断じても過言ではない。(ハ)以上述べた如き違法処分によつて権利者たる原告の不知の間にその所有物件に対する買収処分が進められ、その間原告に対しては異議、訴願等何等の権利救済の機会を与えられないで終るとしたら憲法の保証する財産権はもとより私有財産権は国家権力の名のもとにじゆうりんされるであろう。これ即ち原告において本訴提起につき訴の利益を有すとなす所以である。と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、(一)原告主張事実中被告が山本七五郎より原告主張の日本件未墾地の買収処分をなしたこと、被告が原告に対し原告主張の日右買収処分に基き右未墾地上の立木の収去命令をなしたこと被告が原告主張の日買収対価を供託したこと並に本件山林につき原告主張の日に山本七五郎より原告に所有移転登記手続の完了しておる点はこれを認めるも原告と山本七五郎間に原告主張の日時頃本件山林の売買契約が成立したこと中津村農地委員会が右売買契約成立の事実を熟知しながら本件買収手続を進めたとの点及本件買収処分に基きなした立木の収去命令処分は手続上重大な瑕疵ある無効の行政行為であるとの点はこれを否認する。(二)本件買収処分は正当なる行政手続に基いて行われたものであるから有効である。即ち本件買収は昭和二十三年訴外中津村農地委員会が自作農創設特別措置法第三十八条に基いて実施したものでこれが計画より買収確定に至る迄の経緯は左記の通りでその間何等違法はない。(1)四月十二日中津村農地委員会において本件土地を含む大字久主所在の「小屋ノ元」地区を同月二十日適地調査をしてその適否を判定することに議決。(2)四月二十日同農地委員及久主部落在住の同農地委員補助員合同にて小屋ノ元地区の適地調査を実施。(3)五月二十日本件土地の買収並に同計画書を縦覧する旨所有者訴外山本七五郎に通知。(4)五月二十四日中津村農地委員会において「小屋ノ元」地区の解放を決定し買収計画書を作製。(5)五月三十日中津村役場の掲示場に「小屋ノ元」地区の買収計画書を縦覧に供する旨公告。(6)自五月三十一日至六月十九日二十日間縦覧(買収計画書の表紙裏面に記載の通り)。(7)六月二十日中津村農地委員会において買収決定。(8)六月二十日五期買収(昭二三、七、二日付買収)分(小屋ノ元地区をふくむ)の承認申請。(9)六月三十日県農業委員会承認。(10)十二月中旬買収令書交付。(11)十二月二十日当時の所有者訴外山本七五郎より異議申立。(12)十二月三十一日異議申立却下(法定期限を経過せるをもつて会長専決にて却下)(三)原告のなした訴外山本七五郎よりの本件土地買得登記は無効の原因に基ずくものであるから取消さるべきものである。即ち原告の買得登記申請は訴外山本七五郎が買収に対する異議申立を行つた昭和二十三年十二月二十日より更に八日後の同月二十八日であつてその登記原因として同年一月十日に売買の契約事実があるとしている。然しながら訴外山本七五郎は異議申立に当つて原告との契約関係には何等触れておらず、地元増反希望を排除して山林経営の用地とせんことを強調している。斯様な点よりみれば仮りに原告及び山本七五郎間に原告主張の如き売買契約が成立したとしても日時をさかのぼらした仮装行為である又原告のなした買得登記は本件土地が国に買収せられた昭和二十三年七月二日以前に生じた原因に基ずいてその登記が買収期日以後になされたのであるから、旧自作農創設特別措置法第十二条第一項の規定により原告の登記請求権は消滅するから該登記は無効である。従つて土地については、原告は何等権限のない者と言う可きである。(四)本件土地に生立する立木については国の買収対象となつていないが前述のとおりその土地は国有に帰すべきものであるからこの土地の上に個人財産を存置せしめることは出来ないし、又開墾を進捗せしめる必要もあるので、その立木の所有者と認められた原告に対して農地法第五十五条に基く収去命令を発したのである。以上要するに本件買収については何等違法性は認められずよつて被告が訴外山本七五郎に対して交付した買収令書は有効であり、これに伴つて被告より原告に対して交付した立木の収去令書も又有効であるから原告は本件土地に生立する全立木を収去する義務を負うものである仍て原告の請求には応じ難いと述べた。(立証省略)

理由

(一)  被告が別紙目録記載の山林につき訴外山本七五郎に対し昭和二十三年六月三十日附で未墾地買収処分を為したこと、並被告は原告に対し同二十八年八月二十日附収去令書に依り右山林の立木(杉檜二十年生約六千本)に対し収去命令を発行したことは当事者間に争がない。そこで先ず本件未墾地買収処分につき無効の瑕疵の有無につき検討する。

(1)  本件未墾地買収計画につき自作農創設特別措置法(以下単に自創法と称す)第三十一条第四項に定める公告縦覧の手続を経ているか否を見るに、公文書と認められるので真正に成立したと推認することの出来る乙第一号証、第二号証の一、二、三、第四号証に依れば本件未墾地は昭和二十三年四月十二日上浮穴郡中津村農地委員会において同村大字久主所在「小屋ノ元」地区として同月二十日適地調査をしてその適否を判定することを決議し、同月二十日同委員会及久主部落在住の全農地委員補助員合同にて右「小屋ノ元」地区の適地調査を実施し同年五月二十四日、同委員会において「小屋ノ元」地区の解放を決定し、買収計画書を作成したことを認めることができる。而して被告は同年五月二十日附を以て右農地委員会において本件未墾地の買収並計画書を同月三十一日から同年六月十九日までの期間において縦覧する旨七五郎に通知し且同年五月三十日右買収計画樹立の旨を縦覧に供する旨中津村役場の掲示場に公告した旨主張するところ、原本の存在並に成立に争のない乙第三号証の一、二に鑑定人鴻海左九三の鑑定の結果に依れば乙第三号証の二に記載の日附欄中墨汁を以て抹消された文字は「九」であつて、その文字は本文と同時に謄写印刷されてあつたものであり、且現在は「五」の字に訂正されていることを認めることができ、而も右乙第三号証の二は前示昭和二十三年五月二十日附を以てした買収並計画書を縦覧に供する旨の七五郎に対する通知書の控として右農地委員会が保存しているものであることは弁論の全趣旨に依つて之を窺うに足る、そこで昭和二十三年五月二十日附の文書を同年九月二十日附として誤り印刷することは特段の事情のない限り右九月中において乙第三号証の二を作成し、之を「五月」と遡及訂正したものと認めるの外なく、被告の反証を以ては右事実を動かすには足りない。そこで、右事実に証人山本七五郎(第一回)の供述によれば、少くとも七五郎に対する前示買収並縦覧の通知書は当時七五郎に対して発送されなかつたものと推認することができる。然乍らその事の故に直に本件買収並縦覧する旨の公告がなされなかつたものと速断することはできず、又自創法第三十一条第四項第三十八条等の規定に依れば、未墾地買収処分は計画を定めたときは遅滞なくその旨を公告し、且計画書を縦覧に供せば足るものであつて、被買収者に対するその旨の通知をなすことは効力要件でないと解するので、この点に関する原告の主張((四)(1)(イ)参照)は採用し難い。次に成立に争のない甲第四号証の一乃至八に証人山本完三郎、山本七五郎の各供述の一部に依れば右農地委員会は昭和二十五年三月八日本件買収地の対価をその受取人たる山本七五郎の住所不明を理由として松山地方法務局に弁済供託したこと、而してその後右対価の正当な受取人は七五郎に非ずして、亀井駒の誤りである旨の証明書等を作成して右農地委員会書記山本完三郎が右亀井の代理人として、該供託金の還付を受け現に該金員を右完三郎が保持していることを認めることができるけれども、証人山本完三郎の供述に依れば、右農地委員会において本件買収地の対価を供託したのは、当時七五郎からの買収令書受領証並対価受領の委任状が該農地委員会並県当局の手裡において見当らなかつたので己むなく、之を供託することにしたのであるが対価供託の為めには手続上受取人の住所不明と表示して為さねばならないところから右の如き手続に出たものなることを推認することができる。尤も証人山本七五郎の供述によれば同人は昭和二十一年九月以降現在に至るまで温泉郡北条町(変更前は河野村と称す)字八反地千六百九十一番地に居住していたものなることを認めることができるので右農地委員会において前記認定の如き処置に出たことは妥当を欠くところはあるけれどもこの事あるが故に直ちに公告縦覧の手続をもしなかつたと推認することは出来ない。却つて公文書と認められるので真正に成立したと推認すべき乙第五号証の一、二に証人山本完三郎の供述によれば昭和二十三年五月三十日前示農地委員会は本件未墾地に関する買収計画を樹立しその旨の公告をなし且同年五月三十一日から同年六月十九日までの間右計画書を縦覧に供したことを推認することができ、原告の全立証によるも未だ以て之を覆すことは出来ない。又本件山林の測量検査をなすに当り自創法第三十二条同法施行令第十八条第一項に基く通知をすることは買収の効力要件ではないものと解するからこの点に関する原告の主張も亦採用し難い。

(2)  次に愛媛県農地委員会の買収計画に対する承認並買収令書の交付の有無につき検討する。(イ)公文書と認められるので真正に成立したものと推認すべき乙第六号証並に成立に争なき同第七、八号証に証人山本完三郎の供述によれば前示農地委員会は同年六月二十日本件未墾地の買収決定を為し、次で同月三十日愛媛県農地委員会は右買収計画を承認したことを推認することができ、原告の立証によるも該事実を動かすには足りない。(ロ)次に公文書であると認められるので真正に成立したと推認すべき乙第九号証に依れば昭和二十三年六月三十日被告は前示村農地委員会に対し本件未墾地の買収令書を発送したことを推認することができ原告の反証によるも之を動かすことは出来ない。然れ共証人山本七五郎の供述によれば、右村農地委員会(後中津村農業委員会と改称する)には右令書発送に関する帳簿は現存していないことを認めることができるので右帳簿によつて右令書を七五郎に交付したか否の事実を確めることは出来ず、又前示乙第九号証によれば、その作成日附は同年六月三十日で買収時期及買収対価支払の時期は何れも同年七月二日と定めていることを認めることができ、且被告は同年十二月中旬該令書を七五郎に交付したと主張することは原告の主張する通りであり、従つて手続上の瑕疵なしとすることはできないけれどもそれが為に令書交付の効力に消長を来すものではないと解するを相当とし又甲第五号証(登記嘱託書)の添付書類である買収令書謄本及買収令書受領証が実際の手続において添付されていなかつたことは証人山本完三郎の供述によつて之を認めることができるけれども同証人の供述によれば少くとも本件においては右の如き取扱によつて登記手続を経了したものなることを認めることができる。従つて右事実のみを以ては右登記嘱託当時たる昭和二十六年九月十九日当時本件買収令書受領証が存在していたか否を確認することは出来ない。尤も被告の主張によるも昭和二十三年十二月中旬該令書を七五郎に交付したのであるがその際七五郎から徴した受領証は紛失していたのでその後前示村農地委員会において再度該令書受領証並委任状を発行して甲第六号証として七五郎から之を徴したものであると謂うに在るので甲第六号証につき更に検討するに、鑑定人池内昇の鑑定の結果に証人山本七五郎(第二回)の供述によれば、右甲第六号証は昭和二十五年末か同二十六年中において右農地委員会の求めにより右七五郎が受領証の同人の住所氏名の下の印及委任状の同人の住所氏名並印を自ら記入捺印して之を右農地委員会に郵送したものなることを認めることができ、原告の立証によるも之を動かすことは出来ない右事実に前示乙第九号証を綜合すれば甲第六号証は本件未墾土地買収令書の受領証の形式を具備していることを認めるに足り、而も右甲号証の作成日附が昭和二十五年中であることは前記認定の同二十五年末又は同二十六年中に前記農地委員会が七五郎から之を徴した事実に照し寧ろ当然の事と思われるものであつて前示被告の主張と矛盾するものとは謂えない。又同号証中の記入文字たる「中津農委土と第二〇号」及「と20」なる記載は、同文書中委任状の部分の山本七五郎の住所氏名の記載に対照してその筆跡及インクの色が明かに違つていることは甲第六号証の記載に徴して之を認めることが出来るけれども右記載部分が、ほしいままに記載せられたものとする点については原告の全立証によるも之を認めることは出来ず、却つて証人山本完三郎の供述並弁論の全趣旨に徴して右記載は前示農地委員会において適法に記載したものと認めるの外はない。加之証人山本七五郎(第二回)の供述の一部によれば甲第六号証を郵送した当時右七五郎はその所有の同村大字久主字大宮所在の未墾地買収令書(別件分と略称する)の受領証をも右農業委員会に郵送したのであるが、甲第六号証は右別件分の受領証を郵送した後に之を郵送したことを認めることができる、従つて之等の事情を彼是考合すれば右七五郎においても甲第六号証は別件分の受領証としてではなく本件未墾地買収令書に対する受領証であることを認識して之を郵送したものなることを推認することができる、証人山本七五郎(第一、二回)岡義重の各供述中右認定に反する部分は措信し難く甲第七号証の一、二、乙第十一号証その他原告の全立証によるも之を覆すには足りない。又証人山本完三郎の供述によつてその成立を認めることの出来る乙第十号証の一によれば七五郎は昭和二十三年十二月二十日附を以て本件未墾地に対する地元増反申込に関し前示農地委員会に対し右土地は開墾不適地であるからとの理由を掲げて買収につき考慮を払うことを要請したこと(異議申立)を認めることができるけれども右文書の文意自体に徴すれば当時七五郎において本件未墾地に対して為した具体的な買収計画やその他の処分特に買収令書の交付があつたことに対して為した正式な異議申立書でないことを窺知することに足る、従つて七五郎が当然本件未墾地買収の事実を知り乍ら右の如き文書を前示農地委員会に提出したとすることは諒解に苦しむところではあるが、反面証人山本完三郎の供述によつて成立を認めることのできる乙第十号証の二、と同証人の供述を綜合すれば、右農地委員会は右文書に対し同年十二月三十日附を以て本件未墾地についての買収決定済のものなる旨並その経過の要領を記載した回答書を七五郎に対し発送していることを認めることができるから特段の事情のない限に当時該回答書は七五郎に到達しているものと推認することができる。証人山本七五郎(第一回)の供述中右推認に反する部分は措信し難く他に之を覆すに足る資料はない。従つて七五郎において右の如き回答書を受け乍らその後原告による本件提訴当時たる昭和二十八年十月二十日に至るまで何等不服の申立に及ばなかつたことも亦甚だ諒解に苦しむところである。加之証人山本完三郎の供述と弁論の全趣旨に依れば昭和二十八年九月頃前田善次が前示村農業委員会に至り本件買収関係の書類を写したことがあるが、その際には甲第六号証は存在していたに拘らずその後見当らないので右農業委員会においても紛失したものとしてさがしていたものなること、而も甲第六号証は本訴において始めて原告側から証拠として提出されたものなることを認めることができる。従つて之等の事情を併せ考えるときは七五郎が先になした異議申立当時必らずしも本件土地買収の事実を知らずして右異議申立をなしたものとも考えられない。従つて叙上諸々の事情に証人山本完三郎の供述並弁論の全趣旨を綜合すれば結局右農地委員会は昭和二十三年十二月中旬本件未墾地の買収令書を七五郎に交付したことを認めるに足る。証人山本七五郎(第一、二回)岡義重の各供述中右認定に反する部分は措信し難く、他に之を動かすに足る確証はない。従つてこの点に関する原告の主張はついに採用し難い。

(3)  本件未墾地(山林)の所有権帰属者の調査上に瑕疵があるか否の点を検討する。

成立に争のない甲第一、三号証に証人山本七五郎(第一回)岡義重の各供述に依れば、本件山林は元山本七五郎の所有であつたが昭和二十二年春頃(尤も登記簿上では同二十三年一月十日附売買とある)代金六万円で原告は右七五郎から買受け所有権を取得し同二十三年十二月二十八日右売買に因る所有権移転登記を経了していることを認めることができ、被告の反証を以ては之を動かすことは出来ない。そこで右農地委員会において本件買収計画を樹立するに際して右事実を知悉し乍ら依然旧所有者七五郎の所有として七五郎に対して買収計画を樹立したものであるか否につき、証人山本七五郎(第一、二回)岡義重の各供述中右農地委員会は右事実を知悉していた旨の供述あるも前記の通りその旨の登記を経了したのは昭和二十三年十二月二十八日にして、本件買収計画を樹立してその手続を進めたのは既に同年四月十二日にして、同年十二月中旬七五郎に対して買収令書を交付していたものである事実に証人山本完三郎の供述並弁論の全趣旨を綜合すれば右農地委員会は本件買収処分当時所有権移転の事実を知らなかつたものであることを認めるに足る。従つて右農地委員会が所有権移転の事実を知悉し乍ら本件買収処分をしたことを前提とする原告主張は採用し難い。又原告は仮りに右事実を知らなかつたとしても真実の所有権者を調査して真実の所有権者に対し買収しない以上無効の瑕疵ありと主張するけれども原告の全立証によるも右農地委員会において今少し注意して調査したならば直ちに右所有権移転の事実を知悉し得たであらうこと等特段の事情につき之を認めるに足りないから原告主張の事実のみを以ては未だ明白な瑕疵があるとは謂えない。従つて右は無効の買収処分であるとは謂えない。仍て爾余の判断をまつまでもなくこの点に関する原告の主張は採用し難い。

(4)  次に原告主張の農地法第五十二条第四項の適用について判断するに、本件においては既に農地法施行前たる昭和二十三年十二月中旬買収の効力を生じたものと謂うべきであり、而も右法条は自創法時代における農地等の買収処分について生じた対価の支払又は供託が著しく遅延したような事例に鑑みこのようなものに対する救済乃至は買収処分の迅速処理の目的のため新設せられた規定であつて、もとより自創法に拠り既に買収の効力(所有権移転の効力)を生じた案件にまで遡及効を及ぼすものでないと解するを相当とする。従つてこの点に関する原告の主張も亦採用し難い。叙上説示によつて本件未墾地買収処分には何等無効の瑕疵はないものと謂うべきであるからこの点に関する原告の主張は理由がない。

(二)  次に本件収去命令についての無効の瑕疵の有無について検討する。前記叙述の通り右農地委員会においては本件未墾地は七五郎の所有物件であると信じて買収計画を樹立し被告においても同人に対し買収令書を交付して自創法第三十条第一項に拠つて同人からの買収処分を完了したのであるが証人山本完三郎の供述によればその後昭和二十五年中右農地委員会において右買収に因る登記手続をするため登記閲覧をした際原告所有名義に変更されていたので右農地委員会は初めて該事実を知つたことを認めることが出来る。而して前示買収の対象物件は前示土地(素地)の外同地上に生立せる原告主張の立木をも含むものか否については前示乙号各証によるも特に明確に右立木を含む旨の記載を認めることは出来ず、又原告の主張自体によるも右立木は杉檜二十年生約六千本であること明かであるから該立木は相当な価格のあるものと謂うべきであり、且土地と共に竹木等を含めて買収する場合には自創法第三十一条第二項、同法施行令第二十五条に依り竹木等の時価を加算しうるものなるにかかわらず、原告の全立証によるも本件土地の対価決定につき該立木の時価を加算したことを認めることは出来ない。これ等の事実に弁論の全趣旨を綜合すれば被告は本件立木を本件買収処分から除外しているものと認めることが出来る、原告の全立証によるも之を覆すに足りない。従つて本件未墾地買収処分は本件立木をも含むものであることを前提とする原告の主張は採用し難い。又実質上は本件土地(素地)と同地上立木は既に以前から原告の所有に属していたものなることは前記認定の通りであるが、前述の事情によつて右土地(素地)のみが先に七五郎から買収されその後右土地並立木が右七五郎より原告名義に所有権移転登記手続を経了されていることが判明したものなることも前記の通りである。而して右買収の事実に弁論の全趣旨によれば本件土地(素地)は右買収により国家の所有に帰し、現に之を国家が管理しているものなることを認めることができる。そこで農地法の施行により同法第五十五条第四十四条同法施行法第六条第一項自創法第四十六条第一項第四十一条第一項第三十条の規定に拠つて同地上の本件立木に対し収去命令を発行するためには冒頭説示の通り真実(登記簿上も同一)の所有権者たる原告に対して之を為したことは何等の違法はないものと謂うべきである。なお、このことは必ずしも前記土地(素地)のみの買収処分につき被告が本件土地が原告の所有に属することを承認したことにはならないものと謂うべきである。

仍て原告の本訴請求は爾余の判断を省略し何れも失当として之を棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 伊東甲子一 橘盛行 西川太郎)

(目録省略)

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